自治医科大学医学部同窓会報「研究・論文こぼれ話」その40 同窓会報第95号(2021年1月1日発行)


波打ち際で、総ての波をやり過ごし、あるいは溺れ」

             自治医科大学医学部放射線医学講座/医療放射線安全推進センター 森 墾
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 磁気共鳴画像(magnetic resonance imaging, MRI)装置は水素原子核への電磁気的な影響を波の変動として画像化しています。今回は、そのMRI装置を用いて何をしてきたのか、自分史のうちMRIに関わる部分を取り出して振り返ってみました。

1. 初めに
 MRIは電磁波を用いて体内の水の分布(プロトン密度)を画像化しています。ただし、水分子の水素原子核(プロトン)の置かれている状況によって物理学的性質(ラーモア周波数,縦緩和時間や横緩和時間など)が異なるので、その差異を取り出すことで生体組織の病理学的違いを反映した画像を得ています(組織分解能と言います)。単純には、パルス状の電磁波を体に当てて励起し、一定時間後に体から反響してきた電磁波を捉えて解析しています。波を扱っているので、タイトルにあるように波打ち際で遊んでいる(仕事をしている)イメージです。加えて世情といいますか、学界の大きな流れやトレンドという意味での「波」にも掛けてみました。学問的な潮流に如何に乗り遅れてしまったのかという反省記でもあります。
 私の実質的な専門修練は筑波大学で始まりました(もちろん、それまでに廻った東京大学、都立墨東病院救命救急センター、聖母病院や関東労災病院でも多くのことを学んでおり、決して蔑にするつもりはありません)。当時の筑波大学には吉岡大先生(カリフォルニア大学教授)、新津守先生(埼玉医科大学教授)や、阿武泉(前・茨城県立医療大学教授)といった MRI の申し子のような伝説の偉人たちがキラ、星のごとく在籍しておられました。

2. 肝特異的造影剤
 この筑波のMRI精鋭集団と、板井悠二教授(当時)の得意とする肝臓が融合して、臨床応用に入ったばかりのSPIO(super-paramagnetic iron oxide)に関する研究が盛んでした。「せっかく筑波に来たからには何か書いたら」という吉岡先生の軽いお誘いから始まった論文執筆は、SPIO ネタで英文原著2編[1,2]、英文共著2編[3,4]、別ネタで齋田幸久先生(東京医科歯科大学特任教授)や田中優美子先生(がん研有明病院婦人科領域担当部長)のご指導によって和文2編[5,6]となり、約1年間の筑波在籍中に6編の論文に結実しました。ただし SPIO に関しては、早期の肝血行動態、遅延相での血管内プーリングや肝組織取り込みの組み合わせをもう少し突き詰めれば、新知見がもっと得られたのではないかと残念に思います。

3. 拡散強調像、PROPELLER
 筑波から東京大学に戻った頃、ようやく安定して拡散強調像が得られるようになり、特定の病変の見かけの拡散係数(apparent diffusion coefficient, ADC)を計測したり[7,8]、拡散強調像を施行する上でのピットフォールを見つけるだけで[9,10]論文にすることができる、のどかな時代でした。このため、必然的に私の興味の対象は肝臓から中枢神経系へ移りました。体動の強い患者用にPROPELLER(periodically rotated overlapping parallel lines with enhanced reconstruction)も実装され、基礎的検討のまねごと[11]や臨床応用[12,13]を行っていました。この時にもっと多くの論文を執筆しておくべきだったと悔やまれます。

4. MRDSA、parallel imaging
 臨床ではガンマナイフ治療[14,15]や頭頚部悪性腫瘍の動注療法[16]に関連して脳血管造影も数多く施行しており、血管造影手技に伴う合併症の危険性をひしひしと感じていました[17]。折しも山梨大学から青木茂樹先生(順天堂大学教授)が、脳血管造影よりはるかに低浸襲なMRDSA(magnetic resonance digital subtraction angiography)を引っ提げて戻って来られた頃でした。そこで、脳血管造影の代替検査とすべく、勃興中の高速撮像法であるparallel imaging技術やTRICKS(time-resolved imaging with contrast kinetics)と組み合わせてMRDSAを発展させました[18-20]。これらは学位論文の一部となっています。

5. DTI、QSI
 工学部から増谷佳孝(広島市立大学教授)がスタッフに加わり、青木先生や阿部修先生(東京大学教授)と強力なタッグを組むと、拡散強調像の延長上でDTI(diffusion tensor imaging)があれよあれよと発展しました。これまではT2強調像での微妙な信号強度から神経線維の走行を推定せざるを得なかったものが、(計算上のものではありますが)くっきりと線維連絡が描出され[21,22]、とても興奮したのを憶えています。
 しかし、感動はしたもののDTI研究の中心地に座して居ながら、地の利を生かせず関連する論文を量産できていません。非ガウス分布で計算したQSI(q-space imaging)に関しても、完全に後輩の後塵を拝しています[23]。

6. IDEAL、T2 map、磁化率強調画像
 その他にも、IDEAL(iterative decomposition of water/fat using echo asymmetry and least-squares estimation)[24]、T2 map[25]や磁化率強調画像[26]など、新しいMRI技術が臨床応用されるたびに論文は出していますが、今一つ構造的な量産体制には至っていないのは忸怩たるものがあります。

7. 造影剤、NSF
 腎不全患者にヨード造影剤の代替としてMRI造影剤の投与を推奨していた時代も過去にはありました。しかし、NSF(nephrogenic systemic fibrosis)の存在が知られた現在では、MRI造影剤の安易な使用を控えるのが常識です[27]。そんな逆境の中、土屋一洋先生(埼玉医科大学総合医療センター教授)らと倍量投与の有効性を検討する研究を行ったのは挑戦的とも言えます[28]。

8. 丹念に所見を拾う
 時には他人の論文に対して上げ足を取るような難癖をつけたりもしており[29,30]、師匠である青木先生に「日本人同士で足の引っ張り合いをするな」と諭されたこともあります。それでも、私の持ち味は画像所見を丹念に拾い、それを臨床に役立てることではないかと考えています[31-33]。

9. 縁
 過去の私の講演を憶えておられた吉良龍太郎先生(福岡市立こども病院臨床研究部診療科長)に、ひょんなことから厚労省研究班にお誘いいただき、急性弛緩性脊髄炎(旧名:急性弛緩性麻痺)について全国的なMRI画像評価をする機会に恵まれました[34-40]。ひとの繋がりは本当に分からないものだなと思います。情けは人のためならず、のような狭量な考えで無くとも、あらゆる出会いは大切にしたいですね。

10. 終わりに
 恥を承知で、ざっと自分のMRI研究史を振り返ってみました。今さらながら、MRI発展途上における大波を、まさにその本流でいくつも経験していながら、どれにも乗り切れなかった感が否めません。というか、これからは自分で波を作り出すべく精進いたします。

(次号は、自治医科大学医学部小児科学講座教授 小坂 仁 先生の予定です)

[1] Mori H et al, J Comput Assist Tomogr 24(4): 648-651 (2000).
[2] Mori H et al, Radiat Med 20(3): 69-76 (2002).
[3] Mori K et al, AJR Am J Roentgenol 175(6): 1659-1664 (2000).
[4] Yoshioka H et al, Magn Reson Imaging 18(9): 1079-1088 (2000).
[5] Mori H et al, Nihon Igaku Hoshasen Gakkai Zasshi 60(12): 702-704 (2000)(Japanese).
[6] Mori H et al, Risho Hoshasen 2000;45(3):393-401 (2000)(Japanese).
[7] Mori H et al, J Comput Assist Tomogr 25(4): 537-539 (2001).
[8] Mori H et al, Acta Radiol 45(7):778-781 (2004).
[9] Mori H et al, Acta Radiol 43(6): 563-566 (2002).
[10] Mori H et al, Rivista di Neuroradiologia 15(6): 763-768 (2002).
[11] Mori H et al, Nihon Igaku Hoshasen Gakkai Zasshi 62(6): 287-289 (2002)(Japanese).
[12] Mori H et al, Rivista di Neuroradiologia 17(1): 13-16 (2004).
[13] Mori H et al, Rivista di Neuroradiologia 17(5): 659-660 (2004).
[14] Mori H et al, Rivista di Neuroradiologia 15(6): 737-743 (2002).
[15] Mori H et al, Rivista di Neuroradiologia 15(6): 769-772 (2002).
[16] Mori H et al, Nihon Igaku Hoshasen Gakkai Zasshi 62(1): 32-34 (2002)(Japanese).
[17] Mori H et al, Risho Hoshasen 47(3): 441-447 (2002)(Japanese).
[18] Mori H et al, Radiat Med 20(5): 223-229 (2002).
[19] Mori H et al, Neuroradiology 45(1): 27-33(2003).
[20] Kunishima K, Mori H et al, J Neurosurg 110(3): 492-499 (2009).
[21] Mori H et al, Rivista di Neuroradiologia 17(2): 135-144 (2004).
[22] Mori H et al, AJR Am J Roentgenol 184(3 Suppl): S4-6 (2005).
[23] Katsura M et al, J Magn Reson Imaging. 40(5):1208-1214 (2014).
[24] Murakami M, Mori H et al, J Comput Assist Tomogr 35(1): 16-20 (2011).
[25] Hori M et al, Magn Reson Imaging 28(4): 594-598 (2010).
[26] Kunimatsu A et al, Magn Reson Med Sci 11(3): 205-211 (2012).
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[28] Tsuchiya K et al, Magn Reson Med Sci 12(2): 87-93 (2013).
[29] Mori H et al, Magn Reson in Med Sci 3(4):215-217 (2005).
[30] Mori H et al, Magn Reson Med Sci 6(3): 183-185 (2007).
[31] Mori H et al, AJNR Am J Neuroradiol 28(8): 1511-1516 (2007).
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[37] Okumura A, Mori H et al, Brain Dev 41(5):443-451(2019).
[38] Okumura A, Mori H, Dev Med Child Neurol 61(3):290-291(2019).
[39] Hatayama K et al, IDCases 17:e00549(2019).
[40] Chong PF, et al, Pediatr Neurol 109:85-88(2020).


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